皆さんこんにちは、ミニマリストsoraです。
観葉植物、それはお部屋の癒しである。
太古の昔から我々は植物と共存し生きてきた故に、人工物が増えすぎた今の世界の中でもDNAが本能的に「緑」を求めている。
ミニマリストでも観葉植物を育てている人は多い。正直生きるために必要なものでは全くない。が、何だかんだ皆本当は癒しが欲しいのかもしれない。
観葉植物が本当に必要か問題はミニマリストの中でもかなり意見が異なる領域だと思う。私は現在、観葉植物を持っていないが、この結論に至った過程と理由をここにまとめておく。
観葉植物をやめた一番の理由

冒頭から何度も言うようだが、観葉植物はおしゃれである。部屋に緑があるだけでなぜか空気が澄んだように思える。そして植物のお世話をするのも成長を見守るのも楽しい。
私も昔はエバーフレッシュというネムノキの仲間をシンボルツリーとして育てていた。それはそれは大層気に入っていたのだが、どうしてもそれを手放さなくてはいけない状況になったとき、観葉植物の難点に初めて気が付いた。
観葉植物の最大の難点は手放すのが難しいという性質にある。
まず、観葉植物は生きている。今までわが子のように可愛がっていた観葉植物を何の躊躇いもなく燃えるゴミに出せる人はなかなかいないはずだ。それはまさに鬼畜の所業である。
ゴミとして捨てられないのなら、自分の代わりに面倒を見てくれる新たなオーナーを探すことになる。
メルカリに出品できればいいが、植物は梱包をする難易度がかなり高い。特に大型になればなるほど、梱包の難易度は上がっていく。
そしてさらに厄介なのが、園芸用土を廃棄する方法がないということだ。あなたの家にもないだろうか、使いきれずに余っている園芸用土が。
ゴミの廃棄方法は各自治体により異なるが、基本的に処理困難物として扱われる。なのでゴミとして出すことは基本できない。クリーンセンターへの持ち込みもできない場合が多く、自分では廃棄の方法がないという状況に陥ることになる。
この世にまさか捨てることができない物が存在するとは思いもしなかった。
どれだけ植物を手放す難易度が高いかが想像できただろうか。おしゃれだからという安易な気持ちだけで観葉植物に手を出すべきではない。
何事もそうだが、所有するという選択をする前に、維持するために必要なことや、手放し方まで含めて、自分がきちんと対応可能なのかどうか検討しなければならないだろう。
観葉植物の手放し方

観葉植物の手放し方は主に3つある。
- 燃えるゴミとして出す
- メルカリで売る
- 知り合いやジモティーで引き取ってもらう
燃えるゴミとして出す
まず燃えるゴミとして出す方法だが、心が痛まないのであれば一応選択肢に入る。どうしてもゴミとして出す場合は、今までの感謝を伝えることを忘れないようにしよう。
ただ、土や植木鉢は分別して廃棄する必要がある。
メルカリで売る
梱包が可能ならメルカリで売るのがおすすめだ。あなたがこれまで大切に育てた植物は、次なるオーナーの手に渡り、育ててもらうことができる。
しかし買い手を選ぶ権利はこちらにはないため、大切に育ててくれるかどうかは相手次第、そこは願うしかない。
植物を植えこんでいる鉢や土も同時に手放せるため手間が少ない。
知り合いやジモティーで引き取ってもらう
売るのではなく引き取ってもらうのも一つの方法だ。こちらはメルカリとは違い相手の顔を直接みることができるし、場合によっては引き取り手を選ぶことができる。なので多分大切に育ててもらえるだろう。
ただ引き取り手がそう簡単に見つからない場合もあるだろうから、そんな時は上記の2つの方法のどちらかを選ぶことになる。
土の廃棄方法
土の廃棄方法についても触れておく。
土は基本的に処理困難物として扱われる。どの自治体でもゴミとして出せない場合が多い。なので選択肢は、「庭に撒く」か、「廃棄処分業者に依頼する」の2つだ。
自分の庭がない場合は、「廃棄処分業者に依頼する」しかないが、これが結構高くつくので厄介である。一般的な感覚としては、「土を捨てるのに高額なお金がかかる」という認識がないため、お財布にも悪いが精神的にもかなりのダメージを食らう。
でもそれしか方法がないのだから仕方がない。いいか、間違っても他人の土地に不法投棄してはいけない。ダメ、絶対!
観葉植物は持たないという選択

なんだかんだあった末、私はもう観葉植物を持たないことに決めた。
所有する喜びも確かにあるが、手放す難易度が極めて高い。個人的にはソファやベッドよりも手放しにくいものだと思っている。
そして今うちには猫がいる。猫にとって植物は危険なのだ。安全性が確立している種類もあるが、多くの植物は猫が誤って口にしたりすると害がある。
手が届かない場所で管理していれば基本的に問題はないが、家を空ける時間も多いので、万が一の危険も排除しておきたい。
命を育てるという喜びは、猫たちからもらうことにする。
緑が見える場所を探す

家の中に観葉植物がなくても、一歩外の世界に踏み出せばどこにでも植物を見つけることができる。「どこにでも」と表現すると少しありがたみが薄れてしまうかもしれないが、自然の植物を愛でるという楽しみもある。
「いや、家の中にあるから良いんだよ」という突っ込みもあるだろうが、まあ散歩にでも出かけて植物に意識を集中してみなさい。こんなところにも植物があったのかと、今までスルーしていた植物たちに気が付くことができるだろう。
花が咲いたとか、昨日よりも大きくなったとか、色が変わったとか、葉っぱが散ったとか、季節の移り変わりとともに姿形が変化し、決して飽きることはない。
緑の多い公園に行ってもいいし、アスファルトの隙間に必死に根を張っている雑草を眺めるのもいいだろう。
観葉植物を育てるのは素敵な趣味だが、自然の植物も素敵だよということも伝えておきたい。
最後に

園芸はとても良い趣味だと私は思う。なぜなら植物は生物だからだ。成長し、時には実り、子を残す、まさに生物の神秘を感じることができるだろう。
これは、人工物を収集することでは味わうことができない愉悦である。
もし植物を育てると決めたのなら、自分の手から離れるその瞬間まで必ず責任を持たなければならない。これは植物に限らず、生物を飼育すること全般に言える。それができないなら命を預かる資格はない。
出口まで考えたうえで自分にそれが務まるのか、それを見極め判断するべきだろう。ここまで読んできて、それでも観葉植物を育成しようと思えたなら、きっとそれはあなたにとって必要なものに違いない。
それでは。

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